南の島のフィニッシングスクール

夢のお告げ

ある朝、主人が夢を見たと言います。『知念の山手へ延びる道を上っていくと左手に土地がある』という夢でした

 40歳を過ぎたころ生活技術を実践的に教える女性のための学校を作ろうと思い始めました。
  主人も賛同してくれて一年二年と毎日二人で土地探しに明け暮れる日が続きました。それでも気にいる土地はなかなか見つかりません。ところがある朝、主人が夢を見たと言います。『知念の山手へ延びる道を上っていくと左手に土地がある』という夢でした。早速夢をたどって行きました。すると高台の方に地均しをしている土地があります。そこに立ってみて主人はここではないと言います。戻ろうと振り返ったところ今来た道の左手に広い原野があったのです。周囲はギンネムやススキが身の丈以上に伸びて覆っています。それをかき分けて入って行くと、そこは目の前に中城湾が広がるすばらしい景観の土地でした。一目で気に入り、持ち主を訪ねました。地主は突然の事に驚いたようでしたが学校を作りたいという私たちの話に共感してくれたのです。
  それから土地の開発許可を得るのにさらに2年の期間を要しましたが知念に移り住むことができました。
  24歳の夢が叶えられたのです。
  「24歳の夢」とは私が父へあてた手紙に書いた学校を作りたいという思いのことです。前回の「もてなしの心の原点」で書いたソ連旅行へ出発する前日、弟へあずけたその手紙は無事に帰って来て返してもらったまま忘れられていたものです。手紙には「……子供たちが成長した暁には自分で学校を作りたい。理事長が夫で校長が私なら理想的です。……」とあったのです。30年ぶりに偶然見つけて読んでわかったことでした。それは学院を開設してすでに8年目を迎えた梅雨の頃のことでした。
  お盆を終えた昨日、知念の各地では昔から受け継いできたヌーバレーが催されました。伝統と穏やかな暮らしのある村、知念に来て良かったと思う毎日です。
 
                             琉球新報「南風」欄掲載【2010年8月26日(木)】