南の島のフィニッシングスクール

夢~父への手紙から

彼女たちは誰かが自分の人生のレールを敷いてくれるのを待っている。でも本当の人生は自らが選ぶことだということを忘れて欲しくない。。

30年も前に書いた手紙がある。
沖縄という小さな島で生まれ育った私は広い大地にあこがれていた。 24才のとき、どこまでも続く地平線を見たいと思い、ソ連に行くことを決めた。しかし当時、ソ連と他の国々は「鉄のカーテン」で仕切られ、その国情は窺い知ることができなかった。父は娘の初めての一人旅がソ連であることで反対した。
  その手紙は父の反対をおしきって行く事に申しわけなく思う気持ちからと旅先での万が一の事を考えて書いたものだった。大げさなようだが、いわば遺書のつもりで出発前日に書いた。幸い何事もなく無事に帰国することができたが手紙は封をしたまま忘れられていた。先日、探し物をしていて偶然みつけた「父への手紙」。封を切って読んでみた。 父や母には育ててくれたことへの感謝の気持ち、姉弟一人ひとりにも私の思いを綴っていた。そしてそこにはまた「……子供たちが成長した暁には自分で学校を作りたい。理事長が夫で校長が私なら理想的です。……」とも書かれている。書いたことすらすっかり忘れていたのに、それはまさに今の私そのもの。本当におどろいた。と同時に夢って描くものなのだな、夢って叶うものなのだなと強く思った。

 学院を開校して7年が過ぎた。見学したいと学院を訪ねてくる若い人の多くが「この学校を卒業したらどういう仕事につけますか」と聞く。私は「あなたはどういう仕事につきたいのですか。あなたの夢は?」と応えることにしている。 彼女たちは誰かが自分の人生のレールを敷いてくれるのを待っている。でも本当の人生は自らが選ぶことだということを忘れて欲しくない。血を分けた子を授かることは叶わなかったが、学院で学ぶ学生が今は私たち夫婦の大事な子供。その娘たちには「夢」を持ち、自らの意志で人生を選択し、困難に立ち向う勇気と力を身につけて欲しいと願っている。

 あるレストランで目にした、今も心に残る書がある。「あこがれは手の中にあり ぎやまんのように落ちてくだけても なお、あこがれは手の中にあり」かの俳優森重久弥の書である。彼は今90才を迎えようとしている。

                              沖縄タイムス「唐獅子」欄掲載(2002年5月28日)